'02.4.15

きっちん60

その店は中野区の鷺宮にあった。
西武新宿線で高田馬場から急行で一つ目。私の家からでも、歩いて行かれない距離ではない。

私は線路を背にして並んでいる商店の一画で足を止めた。
こぢんまりとした店で、壁は煉瓦色、モスグリーンの看板に白地で『きっちん60』と描かれてある。
ショーケースには、オムライスやミックスフライなどのおなじみのサンプルが8品ほど飾られてあった。

私はネット友の情報により、キッチン60の所在地をつきとめたのだった。
キッチンであるわけだから客として訪れ、それとなく鈴木さんの情報を仕入れ、本来なら彼と会い、今の私の番号を彼が使っていたかという事実をつきとめたかった。

会ったことのない鈴木さん、とても気になる鈴木さん。
初老の紳士なのか、私と同年代の人なのか、はたまた女性か。
今の私では、その外姿さえも予想できない。
そんな謎の人物、鈴木さんが私をここまで導いたのだ。

昼になろうとしていた。
11時35分。レストランならば、オープンしていてもおかしくない。

しかし、営業中というプレートは出ていなかった。
私は扉に手をかけてみた。鍵がかかっていた。

休みかな?それとも、12時からのオープンかな?
扉の窓から中が窺えないことから、私は判断に迷った。
とりあえず12時まで時間を潰そうと、周辺を少しぶらつき、12時5分になってから再度訪れた。

『きっちん60』はやはり、営業していなかった。
しかし、この街はオフィス街ではない。住民の街であり、日曜の昼に休むレストランなどあろうはずがない。

私は気になり、となりで雑貨屋を営んでいる女性に声をかけてみた。
ビゲンヘアカラーの色が妙に生々しい、60歳前後の小太りの女性だった。

「すいません。隣の店って、休みなんですか?」

「閉まってるんですよ」
女は待ってましたとばかりに、そう答えた。

「日曜だから?」

「いいえ。ずいぶんと前から、ずうっとなのよ」

「そうですか・・・」

「食べに来たの?」

「ええ、まあ」と私。

「美味しかったもんねぇ」
女は同情するような顔をして言ってくる。

「いつオープンか、聞いてませんか?」
私が訊くと、女は一瞬、顔をしかめた。
そこまでは仲良くないのよ、といった顔だった。

私はすかさず訊いた。
「もしかして、オーナーさんって、蒸発?」

「いや、わからないの。な〜んにも聞いてないし」

「そうですか。どうもすいませんでした」
私はそう答えて踵を返した。

女の「残念ねぇ」という言葉があとから聞こえてきた。

新宿に向かう電車を待っているとき、ホームの向こう側に『きっちん60』と描かれた広告が目についた。
たぶん、そこが店の裏側にあたるのだろう。

(これは、事件の匂いがするな・・・)
私は今までの出来事を振り返りながら、ちょうど入ってきた西武新宿行きの準急電車へと乗り込んだ。
(^ ^ゞ

以上

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補足:キッチン60の所在地を調べて報告してくださった方、ありがとうございました。