'02.4.30
チャンドラーが【ラ・ホヤ】で亡くなったのは有名な話だが、それがどこなのかを知っている人は少ないだろう。
間違っても、保谷にあるマンションのことではない。
広尾と自由が丘に、ラ・ホイヤ(La Jolla)というメキシコ料理店があるが、もちろん、そこでもない。
"La Jolla"はカリフォルニア州サンディエゴのダウンタウンから北に20キロほど行った、海岸線の美しい高級リゾート地である。
どんなところかという説明は私も面倒なので、Milky Wayさんやアメリカ留学生活さんのHPを参考にしてもらいたい。
チャンドラーは亡くなるときに、あるものを遺した。
それは遺作とも言われている、完結していない『POODLE
SPRINGS』である。
この小説でマーロウはリンダ・ローリングと結婚し、プードル・スプリングスという街で暮らすところから始まる。
上流階級の住む郊外のプール付きの大きな家で、大富豪の娘との新婚生活。
ハードボイルド小説の主人公としては、なんとも間抜けな設定である。
例えば、これをチャンドラーが年老いて、ラ・ホヤみたいな穏やかな街での老後を希望し、マーロウにもそろそろ落ち着かせてあげようという配慮からそうしたのだったら、納得もいく。
しかしマーロウ作品に限って、そんなことがあろうはずもない。
私なら・・・
試してはみたが、やはりマーロウには無理。
葛藤の末にリンダと別れ、ロスに戻る。
それがマーロウらしい生き方である、と私は考える。
正直、チャンドラーはマーロウにこう言わせている。
***リンダとのやりとり***
「僕はきみを幸せにしたい。しかし、どうすればいいのか判らないんだ。僕には手だてがほとんどない。金持ちの妻と結婚した貧乏な男だ。どのように振る舞えばいいのか判らない――はっきりとしていることが一つだけある。いかにみすぼらしいオフィスであろうと、僕はそこで僕になった。僕はオフィスで仕事をして、僕なりの人間で通すつもりだ」
まあ、これは菊池光氏が訳されたのを、私なりに"僕"記述に変えてみたものだが、この中にはマーロウのストイックな精神が見てとられる。
要するに
――リンダを幸せにしたい。しかし、リンダとの生活に甘んじることは、自分を見失うことに繋がる。自分が自分らしくなくなることは、彼女を失うことにも繋がる――
と、こういったマインズだ。
もちろん『POODLE
SPRINGS』は恋愛小説ではない、はず。
必ずしや、マーロウが事件解決に導くミステリーであろう。
当然、ハードボイルドでもあり――しかし、チャンドラーはハードボイルドにおける恋愛観も書きたかったに違いない。
私の作品に喩えると、丸岡が富豪の娘さんと恋に落ち、葉山あたりの豪邸で新婚生活を送りながら事件を解決する、というストーリーだ。
私ならもちろんそれをハッピーストーリーにはしないし、愛する妻と離婚させても、単身で新宿あたりに引き戻す。
ちなみに『POODLE
SPRINGS』の続きを書いて完成させたのはロバート・B・パーカー。
残念なことにパーカーが書いた箇所から、マーロウはなんでもないハードボイルド探偵になってしまっている。
憎まれ口がクールに聞こえてしまうのだ。
若返ったマーロウ、とでも言うべきか。
あと、読む側を唸らせるような比喩も少なくなっている。
もとのプロットもパーカーにはわからないわけだから、これをレイモンド・チャンドラーの作品と言ってはいけないだろう。
ロバート・B・パーカーのラストシーン。
これがハッピーエンドなのか、ジ・エンドなのかは、これから読まれる方に失礼なので、ここでは語らないことにしよう。
映画(ドラマ)も原作に近い。
ただし、マーロウ役を年老いたジェームズ・カーンがやっているので、彼のイメージがジジ臭くなることは必至。
あまりお薦めはしたくはない。