'02.5.5
レイモンド・チャンドラーの妻、Cissy(シシー)は彼より18歳も年上だった。
元はピアニスト、ジュリアン・パスカルの妻であり、そのとき既に1度の離婚歴があった。
25歳のチャンドラーはパスカルと知り合い、彼の妻に恋をしたのだ。
その後の経過の詳細は、私にもわからない。
シシーはチャンドラーが32歳のときに、ジュリアンと離婚した。
翌年、チャンドラーがシシーに求婚。が、彼の母親の反対により、すぐには叶わなかった。
結局、結婚したのは母親が亡くなったあと、二人が知り合って10年も経ってから――チャンドラー35歳、シシーが53歳のときである。
ただやはり、チャンドラーの転機はそれからであろう。
『脅迫者は撃たない』で作家デビューしたのが45歳のとき。
それから『長いお別れ』のアメリカ版が刊行された65歳のときまで、破竹の勢いだったわけだから。
シシーはその年の暮れに亡くなっている。
享年83歳なので、大往生とも言えるだろう。
実際にシシーと会ったことのあるディリス・パレスはこう言っている。
「その席で彼女を見たとき、その青白い顔に皺が刻まれているのが見てとれた。しかし、それでも尚、彼女は美しい女性といえた。顔立ちは小ぶりで、均整がとれ、整っていて、色褪せた髪はふわっとしており、きっとレイモンドが彼女を知りそめたころに着ていたに違いない、20年代のファッションに身を包んでいた――女っぽい魅力のなごりを今尚漂わせて、身のこなしは優しく、しとやかだった〜秋津知子氏訳」
これは1952年に、チャンドラー夫妻がイギリス旅行に行ったときのこと。
よって、シシーが82歳のとき。
亡くなる一年前である。
そしてディリスはこうも言っている。
「彼女はほほえみ、身を乗り出して耳をかたむけ、注意深くお酒を飲んだ。彼女は何の話をしただろう?何の話もしなかった。彼女はただ礼儀正しく社交的な言葉をかわすだけだった。だが、わたしは、彼女にはどこかなだめすかしているようなところがあるように思った――彼女の年令や、身体的な虚弱さ、しだいに消滅していくエネルギーをなだめすかしているようなところが」
チャンドラーはシシーが亡くなったあと、彼女を評してこう言った。
「彼女は30年にわたって、私の心臓の鼓動でした。彼女は音の端でかすかに聞こえてくる音楽でした」と。
彼はその後、ラ・ホヤの自宅を売却し、アメリカとイギリスを行ったり来たり。
酒に溺れる生活から、入退院を繰り返す。
自殺未遂も、一度やっている。
彼を復活に導いたのはヘルガ・グリーンという女性の励ましによるものだ。
が、シシーへの想いは死ぬ直前まで消えなかったはず。
チャンドラーはそれをうち消すために、ヘルガを求めていたのだろう。
70歳で没するほんの一年前、彼は未発表の短編小説【English Summer/イギリスの夏】を執筆している。
チャンドラーはアメリカ(シカゴ)生まれではあるが、少年期の大部分をイギリスで過ごしている。
成人してからも、イギリスに対する想いは人一倍強かったはず。
ある意味、"イギリス的アメリカ人"と言えたかもしれない。
【English Summer】はもちろん創作物で、亡くなる10年も前から書き綴っていたもののようだ。
が、この作品の中には、彼の生涯の思い出が断片的に含まれているような気がする。
イギリスの夏の光景、シシーに憧れていた時代、そして彼女を亡くして自分がみつからず、さまよっていた時期、それを忘れようと努力した晩年・・・
人生最大の思い出は、大人になって、死が近づくにつれて強く印象づけられるものだ。
【English Summer】はチャンドラーにとって、もっとも書きたかった作品の一つに違いない。
お知らせ:Novelで【鎌倉の夏】を開始しました。
設定は変えてありますが、【English Summer】を編集した作品であり、構成や描写は完全に引用しております。
ご注意ください。