'02.7.3

Couple

去年の暮れに、知人であるUさんの奥さんが他界した。
50代半ばの、早すぎる死だ。

Uさん夫婦は近所の幼なじみで、結婚前からをプラスすると、50年近くも寄り添ってきたカップルらしい。

妻を失い、Uさんの失望はかなりのものだった。
三ヶ月も仕事が手につかず、それでも名古屋に嫁いでいた娘さんに付き添ってもらったりして、春になって、ようやく人前に出られるようになった。

数ヶ月ぶりに見たUさんは痩せこけていた。
毎晩飲む酒のせいで、白眼は黄色く濁っていたし、何より愚痴っぽくなっていた。

塾年男性が妻を亡くすと、困るのは家事である。
独身のときは母から、結婚してからは奥さんにすべてをやってもらっていたUさんにとって、ご飯を炊くことでさえハードワークだったようだ。

先日、Uさんがこんなことを言った。
「昨日は、背中が痒くて眠れなかったんだよなぁ」

「なぜです?」と訊く私。

「背中って、手が届かないじゃん。かけないでしょ」

「孫の手とか、道具をつかえばいいじゃないですか。あと、机の角とか」と私。

「孫の手なんか、持ってないよ」とUさん。

「じゃあ、今までどうしてたんです?」

「妻がかいてくれてたから」

「えっ、奥さんが!」と驚き、赤面する私。
私はこのとき、彼らの不埒な情事を想像してしまったのだ。

U「おい、ちょっと。背中かいてくんない?」
妻「終わったら、わたしのもかいてくれる?」
U「ああ、いいよ」
妻「このへん?」
U「いや、もっと右。そうそう、気持ちい〜。今度は僕がかいてあげよう」
妻「あら、やだ、あなたったら。そこは違うわ、えっち」
U「じゃあ、ここ?」
妻「いや〜ん」

そうでなくても、背中をかきあう50代の夫婦なんて、なんとも気色悪い。

ところが、Uさんはいたって真顔で返してきた。
「なんで? 普通でしょ。妻だって、背中が痒いときは『かいて』って言うよ。夫婦なんだから当然のことじゃん。うちなんか、昔っからそうだよ」

熟年の仮面夫婦が多い中、彼のストレートな発言に意表を突かれたかんじで、私は心が洗われたと同時に、自分の卑猥な妄想についてを深く反省した。
そして、家事云々が不便になったというだけでなく、奥さんを失ったUさんの本当の哀しみを痛感したのだ。

夫「背中が痒くて、眠れないよ。かいてくんない?」
妻「うるさいわね、自分でかきゃいいでしょ。こっちが眠れないじゃないの!」

逆もあり得るが、結婚して何年か経つと、ほとんどの夫婦がこのようになってしまう。
逆に「痒い」なんて恐ろしくて口にできない旦那もいる。
寝室は別だし、夜はほとんど口もきいたことがない、という夫婦だっているだろう。

しかし、50代になってもUさんたちのような関係でいられるカップルならば、結婚もまた素晴らしいもの。
私はあくまでも結婚否定派ではない。

以上

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