'02.7.28

Full course

フルコースディナーなんて食べたことがない、という人は大勢いると思う。
私も正直言って、二度しか食べたことがない。
一度目は学生のときにテーブルマナーを学ぶため、二度目はずいぶんと昔のクリスマスに広尾のレストランでだ。

私が思うに、あれをおいしく感じるというのは、よほど食べ慣れているか、日頃おいしいものを食べていない人間なのだろう。
庶民なら、フォークナイフの順番が気になったり、まわりの雰囲気に飲まれたりして、味を楽しむというわけにはなかなかいかない。

それとコース料理というのは、ウエイター(仏語ではギャルソン)から食べているところをじっと見られるのが辛い。
私のように子供のころから給仕に見守られながら食事をしたという方なら、気にはならないだろうが。

いや、しかし、ウエイターがあなたをじっと見るのは仕方のないことなのだ。
決して、見ながら『あいつの喰い方は、犬喰いだな』とか『貧乏人がフルコースかよ』とか『喰い方、知ってんの?』『金、持ってんのかよ』などという目で、あなたを見ているわけではない。

ウエイターは『アフター』のタイミングに集中しているのである。
『アフター』とは、次の料理を出すタイミングをコックに伝えること。

たとえば、あなたがオードブル(前菜)を食べていたとする。
料理名は『芝エビのカクテルソース』で、エビは5尾。

ウエイターはまず、あなたの食べる速度を頭の中で計測する。
30秒おきにエビをパクリとやる人か、それとも一尾食べるのに5分もかかる人か。

さて、次の料理はスープである。
『アスパラガスのクリームスープ、トリュフ入り』ということにでもしておこう。
コックたちはオードブルを出し、すぐにスープを作るわけではない。
仕込みでスープを作っておき、今来ている客さんの分だけ小鍋に入れておくのだ。

ウエイターくんは30秒おきにエビを食べるお客さんを見た場合、即座にコックに「アフター」と告げる。
5分おきの客の場合は、エビが最後の一尾になってからだ。

『アフター』を聞いたコックたちはすぐにスープに火を入れ、生クリームで仕上げ、ペザンヌ(またはジュリアン)のトリュフを飾る。

こういった流れがあるからこそ、一皿食べ終えたあとに待たずして次の料理が出てくるわけで、まさかラップしたやつがチンされて出てくるわけではない。

ウエイターはあなたが思うほど、食べ方やマナーなど気にしていません。
ですから遠慮なしにフルコースを食べにいきましょう。

もしあなたがレストランに行って『芝エビのカクテルソース』が出てきた場合は、最初の一尾を10分ぐらいかけて食べ、残りの四尾を一気に食べてみてください。
ウエイターは慌ててキッチンに駆け込むでしょう。

「次の料理まだですか?」なんて言ってみるのもいいかもしれません。

以上

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注意:文章内にはほんの少しだけ嘘の著述があります