'02.8.2
つい先日のことである。
早稲田の裏路地で車を洗っていたら、後方から奇妙な音楽が聞えてきた。
昭和初期に流行ったと思しき、アナログ的な日本の歌謡曲だった。
聴き憶えのない曲だった。
音のする先には公文式の学習塾があった。
今は夏休みで、子供たちはいるはずもない。
窓は開け放たれていて、中ではノースリーブの薄手のババシャツを着た老女が一人、椅子に腰掛けたまま何やら作業をしていた。
察するところ、子供たちの答案用紙の整理とか、秋から始まる授業の準備といったかんじだ。
私が気になったのはその女性ではなく、流れてくる音楽だった。
何度もリピートし、たぶん一曲だけ収められたカセットテープをエンドレスにしているのだろう。
私はしつこいぐらいに繰り返すその曲を耳にし、なんとも言えないノスタルジックな雰囲気に惹き込まれていった。
40〜50年代に流行ったビリーホリデーを繰り返し聴き、独り言をつぶやく老婆はアメリカにも多く存在する。
おそらくその彼女の中でも、懐かしきよき思い出が走馬灯のようにぐるぐると巡っていたに相違ない。
夏の日の午後、彼女にとってのビリーホリデーは延々と繰り返されていた。