'02.8.21
「君のようにめまぐるしく変わる女は珍しい。今はあばずれのように見える。最初に見たときには育ちのいい、ものしずかなレディだった。ミッチェルのようなキザな男に言い寄られるのをいやがっていた。それから煙草を買ってきて、いかにもまずそうに吸った。ここへ来てからは平気で彼に抱かれていた。その次は僕に向かってブラウスをさいて、旦那が帰った後のパーク街のかこいもののような芝居をしてみせた。そして、僕の胸に抱かれた。それからウィスキーのびんで僕を殴った。今度はリオで楽しく暮らそうと言っている。朝になって僕が目を覚ましたとき、隣の枕にどの君の頭がのっかってるんだ」
これはフィリップ・マーロウがベティという女性に発したセリフで、レイモンド・チャンドラーの【プレイバック】の中でのワンシーンだ。
私はこの一節がとても好きだ。
この本を読んでいない人も、チャンドラーに興味のない人でも、これがどういう意味をもつのかは理解できるだろう。
特に「朝になって僕が目を覚ましたとき、隣の枕にどの君の頭がのっかってるんだ」というフレーズが素晴らしい。
女性に限らず、昨日に白いものを「白い」と言っていた人が、今日になると「黒い」と言い出すのはよくあることで、それを鵜呑みにし信じていた人にとっては困惑するばかりだ。
ひどいのになると「白いなんて言ったっけ?」と呆ける始末。
私はこういう人を見るたびに、人間不信がエスカレートしてしようがない。
顔が三つも四つもあるような人間ほど恐ろしいものはない。
世のベティたちに、一喝してくれたマーロウに乾杯。