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『ケアビレッジ彩』は東武東上線志木駅から南西へ五分ほど行った、立教高校のそばにあった。
山の中に囲まれた施設を想像させたが、なんの変哲もない住宅地の中に建っていた。
鉄筋四階建ての白っぽい建物で、飾りっけもなく、さもすればどこかの企業の社宅のようだった。
私はそれでも自由にできる正門から堂々と入って行き、一階のロビー受付のところで人を呼んだ。
私がこの老人ホームを訪ねた理由は、別に私の祖母がここでお世話になっているからとか、今回の事件は老人の仕業、と考えたからではない。
先日、私はナーコ――佐伯奈々子が身を寄せているはずの、三村ヨネの生家を再度訪ねてみたのだ。
彼女のことが気になったのはもちろんだが、本当のところ、新宿の風俗嬢の情報を得られれば、と考えていた。
しかし、前に訪ねた鶴川の家はもぬけの殻だった。
しかも家の周りには杭が打たれ、ロープが張られてあり、『管理地』という立て看板までしてあった。
私はあの家の燐――と言っても、50メートルほど離れているが、そこの主婦にその旨を尋ねた。
三村ヨネの母親はあの家を処分し、老人ホームに移ったと言う。
その主婦はその場所が埼玉県新座市の施設だとも教えてくれた。
私はこのとき『引越しのとき、若い女性は見なかった?』とも訊いた。
しかし『ええ、見ましたよ』という答は返ってこなかった。
私はナーコと会うためには、三村ヨネの母親と会うことが先決だと考えた。
私はインターネットの『有料老人ホームセンター』というサイトで、新座市にある二つの施設を探し出した。
「すいません。最近、ここに町田市の鶴川から、三村という女性が入会してませんか?」
私は受付に現れた四十歳前後の病弱そうな女に問いかけた。
「いいえ。うちにはそのような方は入っておりませんが」
即答だった。
私は『どうも』と返し、すぐさまもう一つの施設へ行くために、外へ出てタクシーを拾った。
新座市にあるもう一つの老人ホーム『シルバービラ』は、畑中というところにあった。
タクシーの運転手に名称を告げると、車は南に向かって走り出した。
『シルバービラ』は朝霞市と練馬区の境あたりに位置し、自衛隊の演習場のすぐそばにあるらしかった。
タクシーの運転手は自分の母親も小田原の施設に入っているんだ、と聞きもしない話を延々と続け、ケヤキ林の中の道を軽快にハンドルを駆った。
黒目川という小さな川を渡ると、道は緩やかな上り坂になった。
視界が開け、車は高台に向かって走っているようだった。
民家もほとんど見られなくなり、たんぼや畑ばかりがやたら目立つようになってきた。
タクシーは市道から、狭い道に入った。
舗装路ではあるが、車同士がやっと擦れ違える程度だった。
小さな廃工場のような建物があちらこちらに見られ、道の途中に『ラドン温泉まつえ』と描かれた看板が窺えた。
「この先の行止りが『シルバービラ』ですよ。近年、建ったんですがね」
運転手が言った。
「ずいぶん、人里離れたところなんだね」
「ええ、この右手が市営の霊園でして。年寄りが暮らすには、静かで環境のよいところがええんですよ」
「そうかな。このあたりでも空気の汚さなら、都心と変わらない気がするけど」
事実、タクシーに乗っていても、ひっきりなしにダンプやミキサー車と擦れ違った。
排気ガス汚染は、東京よりひどいかもしれない。
「着きましたよ」
私は運転手に料金を払ってタクシーを降りると、さっきのホームのときと同じく、受付で三村ヨネのことを尋ねた。
二つあるうちのどちらかという予想は見事に当たり、彼女はここ『シルバービラ』にいるとのことだった。
私は職員の案内で、無村ヨネと一階のラウンジで話すことができた。
「僕の顔を憶えているかな?」
私は彼女が椅子に腰掛けるなり、そう尋ねた。
「ええ。このあいだ、あの女を訪ねて来た人だね」
「手帳は渡してもらえたかね」
老婆は何も答えずゆっくりと立ち上ると『ちょっと待って』と言い、廊下の方に歩いて行った。
五分ほど経過し、彼女はピンクの手帳を手にして戻ってきた。
「あの女は帰ってこんのだよ。どっか、住むとこでも見つかったんじゃろな」
「心当たりは?」
「あるはずねぇだよ。だいたい、あの人とわたしとは赤の他人やで。それもこれも、ヨネに頼まれたから預かっただけで、勝手に出て行ったもんの行き先なんぞ、どーでもよかんことだべさ」
「そうか、わかった。ばあちゃん。ここへ来て、楽しそうだね。元気で暮らすんだよ」
私はそう言って老婆から手帳を受け取り、席を立った。
帰り途中の電車の中、私はいろんなことを考えた。
高岡の潜伏しそうな場所。
いや、まったく思い浮かばない。
やつと組んでいる女というのは、やはり利奈なのか。
いや、確定はし難い。なぜなら、彼女は単に、高岡のメールサーバーを使ってメールをしているだけだからだ。
もし、高岡のいない場所、知らない場所からアクセスしていたとしたら、仲間ではない可能性もでてくる。
ただ、もし利奈が現役の風俗嬢であり、私と話したことすべてが嘘だった場合、彼女は間違いなく高岡の共犯者ということだ。
私はそのためにも、利奈という女の正体が知りたかった。
利奈。
このハンドルからだけでも、ナーコなら何かがつかめるかもしれない。
私は以前、意地を張ってナーコを突っぱねたことを悔やんでいた。
『Lovin' you』と共に葬った女性。
それと同時に、私は大きな右手を失っていたのだ。