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私は中へ入る前に、路肩の植込みに携帯電話を隠した。
サンシャイン・シティの地下駐車場はB2より下。電波は届かないはず。
高岡の狙いは、そこにあるのだろう。

サンシャインの駐車場はアルパ、文化会館、ホテルと、三つのエリアに色分けされていて、それぞれに小間番号が記されてあった。
私は高岡から言われたアルパゾーンまで来ると、壁に記された番号を眼で追いながら歩いて行った。

場内は薄暗く、どこからかタイヤの鳴る音は聞こえてくるものの、妙に静まり返っていた。
物音ひとつ聞こえない。私の足音だけが異様に響いている。

駐めてある車はすべてこちら向きだった。
どれかの車に身を潜め、私を見張るのには絶好の場所である。
私は129番を捜しつつも、人の乗っている車はないか注意深く窺った。

129番のところには、赤のセリカが駐まっていた。
かなり古い型で、野田ナンバーだった。
中に人は乗っていない。

私はセリカの横に立ち、辺りを見回した。
高岡はきっと、ここが見える位置にいるはず。
ここから見える車の中に潜んでいるはずだ。

三時を十分ほど過ぎていた。
何も変化はない。
私はさらに待ち続けた。

一瞬、フラッシュがたかれたように場内が光った。
私は身構えた。

私から右前方の車がパッシングをしたのだった。
私はその車を凝視した。
車は尚もパッシングを繰り返している。
私はゆっくりと、そこまで歩いて行った。

所沢ナンバーの、白のマークUだった。
私は運転席の横まで歩み寄った。

エンジンはかけられたままだった。今日は肌寒い。
ウィンドウがするするっと下がる。
男が拳銃を手にし、私を見据えていた。

「独りで来たようだねぇ。勇気あるじゃん。まあ、乗れや」
男は私に、助手席に乗るようにと指示した。
私は素直にそれに従った。

「江口洋介というのは、こういう顔なのか」
私は助手席に着くなり、こう返した。

「はぁ?バカか、おまえ。本当に丸岡なんだろうな」

「どうやら、顔は知られてなかったみたいだな。まあ、そんなことはどうでもいい。紗也香のところに連れて行ってもらおう」

「おい、オレがなんでおまえを呼んだか、わかってんのか?」

「紗也香に逢わしてくれるんだろ?そうでなければ、ここには来ない」

「おまえはいろいろ知りすぎたんだよ。死んでもらうだけサ」
高岡は言いながら、拳銃を右手にして銃口をこちらに向けている。
私はそれが私から届かない位置で構えられていることから、危険な空気を感じていた。
この場合、臆病者の素人ならば、凶器を相手に近づけたがる。

「いいだろう。僕は歓んで死んでやろう」

「ははは・・・でも、娘は助けろってか?」
高岡がそう言ったあと、私の顔面に左ストレートが飛んできた。
ショートだが、キレのあるパンチだった。
左利き、もしくはボクシングの経験あり、だろう。
「オレはな、そんなメロドラマみてぇなこと言うやつは大嫌いなんだよ。娘も一緒に死んでもらうサ。あと、あの女もな」

私はこのとき、まだ紗也香が生きていることを確信した。
だったらなおさら死ぬわけにはいかない。

「ちょっと待て。死ぬ前に聞かせてくれ!」
私は叫んだ。今にも、やつが引き金をひきそうな雰囲気だったからだ。

「何を聞きたいって?娘の居場所か?バ〜カ。どうせ、盗聴マイクかなんか隠してんだろ。オレがここで話せば、それがサツに届く。連中が直行して、娘は助かるって寸法だ。そんなドラマみてぇに、うまくいくか」

「利奈という女ははどこにいる?」
私が言うと、高岡は大きな声を出して笑った。

「君のメル友の利奈ちゃんかい?ほんとに、おまえはおバカさんだよなぁ。おかしくなるよ。あの女はシャブ中のクソ女なんだよ。使えると思って新宿から連れてきたんだけどなぁ、しょっ中裏切るわ、おまえみたいなバカとラブラブメール交換はするし、あいつも一緒にドカンさ」

「ドカン?」

「こりゃ、いけねぇ。口を滑らしてしまった・・・とにかく、悪いが死んでもらうよ」

私はその瞬間、車外に眼をやって、誰かが来たようなそぶりを見せた。
やつも一瞬、私から視線を外した。

チャンスだった。
ハンドブレーキを降ろすと同時にギアをDレンジに入れ、男の髪の毛をつかんで思いっきり手前に引いた。
銃口が上を向く。
私はすばやく、やつの右手にしがみついた。

動き出した車の中で、高岡は何度も私の腹部に左フックを入れてきた。
私は耐えた。
決して両手を離さなかった。

車が何かに激突した瞬間、私はやつの銃を奪うことができた。
男は身動きを止めた。
私は高岡の顔面に銃口を近づけた。

「撃ってみろよ」
高岡は冷静だった。私が撃つはずはない、と思っているようだ。
笑みまで浮かべている。

「さあ、言え。紗也香はどこだ」

「今、何時だ?」

「その手を食うか。おまえが時計を見ろ」
私は返した。

「五時にさぁ、セットしてあるんだよ。手作りなんだぜ」

「まさか・・・」

「オレが今その場所を言ったって、もう時間ないもんなぁ」

私はたまらず時計を窺った。
四時を回っていた。
その瞬間、男はドアを開け、車から転げ落ちた。
私も銃を手にし、車外へ出る。

男のところまで詰め寄った。
後ろはコンクリートの壁だ。
もう逃げることはできない。

私は高岡に銃を向けた。
「どこだ!紗也香はどこにいる。爆弾はどこに仕掛けた!」

私は、いきり立っていた。
あくまでも答えないのなら、撃ってもいいかな、とさえ思った。
「高岡。頼むから、答えてくれ。ここから逃げるのも、おまえの自由だ。だから、その場所を教えてくれ!」

「仕方ねぇな。命には代えられないもんな。あんた、本気で撃ちそうな眼をしてるしサ」
高岡は落ち着き払って、上着の襟を正している。

そのときだった。
三発の銃声が鳴り響いた。
辺りを見回すと、私の後方を若い男が走り去って行くのが見えた。

高岡がうつぶせで倒れている。

「おい、高岡!」
私はそばまで駆け寄った。
脳天に一発。顔が血まみれだった。
肩にも一発命中している。

「高岡!」
私は叫んだ。

高岡は即死。
私がいくら問い詰めようと、何も返ってこない。

「おい、目を覚ませ!」
私は高岡を抱き上げ、何度も叫んだ。

「紗也香、紗也香の居場所はどこなんだ!起きろ、高岡!」

場内にけたたましいサイレンの音。それと、赤い回転灯。
警察が来たのだろう。
私はそれでも、高岡を揺すって叫び続けた。

「丸岡、おまえが撃ったのか?」
大野が、私のそばに立っていた。

私は高岡を地面に置き、すばやく立ちあがった。
「大野さん、もう時間がない。五時、五時に爆弾が爆発する」

「なに?」

「高岡が仕掛けたんだ。紗也香と利奈のいるところに」

「場所は?場所はどこなんだ?」

私は首を横に振り、倒れている高岡に視線を戻した。

「まさか、訊く前に殺してしまった・・・」
大野が唖然とした顔をする。

「ヒットマンが狙っていることをすっかり忘れてたんだ」

「じゃあ、おまえじゃないんだな?」
大野は高岡のそばに転がっている銃を、手袋をした手で拾い上げながら言った。

「犯人はわかっています。この事件とは関係ない。たぶん、殺ったのは柏の琴見組のチンピラ。やらせているのが、千葉で金融業を営む山岸という男です。女を奪られたと思い込んでる」

「これを返しておくよ。まだまだ終わってないんだろ?」
大野は私に、さっき植込みに隠しておいた携帯電話を手渡した。

「大野さん、僕にメールが来てましたよね。やはり、公衆電話からでしたか?」

「いや、今度は携帯電話からのモバイル通信だ。でも、電波の発信されたエリアはだいたい特定できだぞ」

「どの辺ですか?」

「練馬区北西部から埼玉県の南西部にかけてだ」

「僕、これから行って来ます」

「行くって、どこに?」

「その辺に、です」

「わかった。思う存分やってみろ。悔いのないようにな」

「ありがとうございます。大野さん」

私はタクシーの中で、高岡が爆弾を仕掛けたことが嘘であればいい、と願っていた。
時計を見る。五時まで、あと四十五分。

「練馬の方って、どの辺までです?」
タクシーの運転手が不審そうに尋ねてくる。

「北西部だ。とにかく、走ってくれ。時間がないんだ」

私は落ち着かないまま、病院で大野から貰ったメモ用紙に眼をやった。

――宍道レイクサイドホテル:島根県・・・

「あっ!」
私は思わず叫んだ。

「運転手さん!」
私はその後、行き先をはっきりと告げた。

「急ぐんだ!いちばん早い方法で、行ってくれ」

「じゃあ、高速で行きますよ」

「頼む」

タクシーは東池袋ランプから、首都高速に入っていた。

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