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MEMORANDUM-陶房雑記帳2014年7月

■達者でな

三橋美智也の哀愁のある深みのある声が心に響く「達者でな」は私の好きな唄のひとつです。手塩にかけて育てた子馬を手放すときの育て親の気持ちを唄った名曲ですが、一所懸命に制作して焼き上げた自分の作品が人手に渡るときもそんな気持ちになることがあります。
 6月のアート展に出展した絵皿がふたつアメリカ・オレゴン州ポートランドに旅立つことになりました。Nさんとはアート展会場で初対面だったのですが、私の絵皿を気に入っていただきお譲りすることになったものです。ポートランドでレストランを開く友人に開店祝いに送りたいとのこと。
 ふたつの絵皿、ひとつは「やつで」を描いたもの(直径37cm)で、もうひとつは、「がくあじさい」を描いたもの(直径39cm)」です。
 やつでの花は窯小屋の裏で蕾を持っている枝を切り取って花瓶に生けて素焼きした地にそのまま写生したものです。
 がくあじさいは何年か前に近所の湘南台中学校の垣根に咲いていたのをスケッチブックに写しておいたものです。
 国内ならば何かの折に自作に再会することもあるのですが、海外への旅立ちとなると簡単に再会と言うわけには行きません。
 アート展が終わって7月の始め、東急大井町線九品仏駅近くの喫茶店でNさんに絵皿を手渡しました。「達者でな」という気分です。
 ポートランドの友人はアメリカ人ですが日本びいきで開店するレストランは日本料理店とのこと。友人が来日された時には京都や九州の有名な窯元なども訪問しているとのこと。陶芸に詳しいNさんが私の作品を気に入っていただき、ちょっとうれしい気分です。
 私の絵皿は海外でも有名な有田焼や九谷焼の絵皿とも違う雰囲気なので面白い、とNさんは評価してくれました。
 山岳部OBというNさんは私より二年先輩。喫茶店での話は短い時間でしたが楽しいものでした。
 いつまでたっても道半ばと思って続けている陶芸ですが、自分の作品が海外まで旅立ちレストランで使われると思うと、うれしいものです。
 絵鉢にどんな料理が盛られるのか、子供のような気持ちで想像しています。
(2014.7.27)

■御本手(ごほんて)

このところ特別に意識していないのですが、御本手がいくつか出ています。
 「御本手」というのは、粘土の質や焼成方法によって作品の表面に生じる赤みのある斑紋のことをいいます。萩焼や宇治の朝日焼などでよく見られ、グレーの地肌にポツリポツリと出る肌色の斑点が数奇を好む茶人などには喜ばれているようです。
 名前の由来は、安土桃山時代に当時の茶人が朝鮮に注文した茶碗に偶然赤い斑点があったため、その注文書(御本)にちなんで呼ばれるようになったとのこと。
 班点の出かたはさまざまですが、鹿の背中の模様に似ていることから「鹿背(かせ)」と呼ばれることもあるとか。
 私の御本手は意図的に出したわけではないのですが、今後の備忘としてここに焼成条件などを記録しておきます。

 *粘土は、信楽の中荒目白土(楽白)と、京都の赤土(赤合わせ)を2:1で混ぜ合わせたもの。成形し素焼きした後に失透系の透明釉をかける。
 *窯入れ・焼成開始。900℃を越えたころから弱還元。

 *以降1000℃~1150℃くらいまではやや強還元。但し、ときどき30分くらい酸化焼成をし、還元~酸化を2~3回繰り返す。
 *1000℃を超えてから1250℃までの焼成時間は5~6時間。
 *窯内が1250℃前後の目標温度に達したら最後は30分くらい酸化焼成。
 *その後、酸化状態のままバーナーの目盛を下げて1時間くらいで消火。
 *点火から消火までは17~20時間。

           うっすらと出た御本手

 以上は私自身の窯焼き経験に基づいた記録ですが、御本手に関する資料を読むと次のような参考情報があります。

 *釉薬の化学反応が最も激しくなるのが1150℃近辺なので、この手前で還元雰囲気が高くなるようにして早めに酸化焼成に戻すと紅班が出やすい。
 *1100℃くらいまでは酸化雰囲気を維持してその後強還元雰囲気に切り替え、釉薬の化学反応が終了する1220℃くらいで再び酸化雰囲気に戻すと御本手が出やすい。
 *粘土中の鉄分の動きが落ち着いて御本手がはっきり現れる800℃前後までじっくりと鉄を集めてやるためにゆっくりと冷ますことが大切。
 *いずれにしても御本手は酸化―還元―酸化―還元の変化を作ることによって生じる。
(2014.7.3)

神奈川県藤沢市高倉815-2
(小田急線長後駅東口徒歩7分)