南国シンガポールには登り窯などない、と思っていたのですが、ありました。2011年2月26日。マレーシア・ジョホールバルに住む親戚を訪ねた旅行の帰り、シンガポールでその窯を訪問してきました。
市内から緑に囲まれた高速道路を走って約一時間、PIE(Pan Island Expressway)という幹線高速道路を一時間も走ると狭いシンガポールの半分くらいは走った感じになります。この国の方針だと思いますが、道路沿いには派手な広告看板なども少なく、本当に公園の中の道を走っているようで気持ちの良いドライブでした。
訪れたのはシンガポール西部のジュロン地区、南洋理工大学(NTU)のキャンパスに程近い緑濃い林の中に窯がありました。シンガポールに現存する唯一最大といわれる窯場です。
←全長43メートルの龍窯
この地区に現存する窯は二つ。どちらもその長い形や窯焚きの際に立ち上る炎と煙になぞらえて「龍窯(Dragon Kiln)」と呼ばれています。確かに高温で焼かれている窯の姿を想像すると、細長い龍の頭の辺りから炎と煙が吐き出されて龍を思わせるに充分な光景と思います。
調べると、この地での龍窯による製陶技術は1900年代に入ったころに中国からの移民によってもたらされたとのこと。アジアにおける中国人による中国文化(陶芸・書画・漢方薬・中国茶・・・そして中国料理など)の影響力・繁殖力には改めて驚かされます。
1960年代ころまではゴム農園で使われる陶製カップの需要が多く最盛期には2週間に一度は窯焚きが行われていたということですが、合成ゴムの登場により1960年代後半には天然ゴムの生産が減少し、また、プラスチックの容器の出現などによってシンガポールにおける製陶業も廃れて行ったとのことです。その後、美術品・装飾品としての陶器なども盛んに作られていたようですが・・・・
二つある龍窯のうちひとつは、陶光(Thow Kwang Industry)という会社が保有する龍窯です。製陶業の衰退とともに1980年代ころから使われなくなっていたということですが、最近地元の陶芸家らが中心となって窯焚きが復活しているとのこと。
←窯焚きする若者たち
私たちが訪れたときも、ちょうど陶光の龍窯が焼成作業中で若い陶芸家たちが燃料となる木材を窯の中に投げ入れているところでした。燃料の木材はほとんどは木造建築物の廃材のようで、若者たちが廃材を窯の中に投げ入れやすいように適当な長さの薪に切っていました。
薪を作っている若者の中に日本から来て陶芸の勉強中という女性がいたので聞いてみると、既に火を入れてから今日で2日目、窯の中の温度は1000℃を超えているとのこと。これから更に温度を上げて合計3日で1300℃近くまで温度をあげげて火を止める予定とのことでした。焚きを手伝っているような若者たちが、是非多くの技術を習得して育ってこの地を盛んにして欲しいと思います。
窯小屋の横に大きな展示販売小屋があるので覗いてみたのですが、よく見ると展示品はほとんど中国製だったりインドネシア製だったり・・・。
せっかくシンガポールの龍窯を見学に来たのだから、シンガポール製の陶器に絞って展示すればいいのに、と思ったのは私だけではないようです。
もうひとつの龍窯は、シンガポール独立前の1958年に作られた窯とのこと。なだらかな傾斜に沿うように造られた全長43メートルという大きな長い窯です。こちらのほうも1980年代半ばに操業を停止して以来、陶光の龍窯同様ほとんど使われていなかったようですが、2000年に政府観光局の中に龍窯保存プロジェクトが立ち上がり窯の修復などがなされています。そして陶芸の振興と芸術教育のための施設として、2006年にはリー財団からの寄付などをもとにジャラン・バハル・クレイ・スタジオ(Jalan
Bahar Clay Studios)としてオープンしています。
こちらの窯は年に2〜3回程度窯焚きをするということでした。
大きな龍窯を囲むように何人かの陶芸家の工房がありました。また、学校や一般向けに陶芸教室をときどき開催しているようで、大きな屋根の下に机といすが並んでいました。 ↓
初めて訪問する私たちを親切に案内してくれたシンガポール生まれというSuriani Suratmanさんの工房に立ち寄り、いろいろと陶芸談義をさせていただきました。粘土はどうしているのか?と聞いたら、オーストラリアやイギリスから輸入したものを使っているという。シンガポールの土を水簸(すいひ)して陶芸用の粘土に出来ないのか?それとも手間ひま掛けて自分たちで粘土を作るよりも、輸入したほうが手っ取り早く安上がりなのか・・・・確かめるのを忘れました。
帰りにSuriani Suratmanさんの作品の花瓶を記念に買い求めました。
二つの龍窯の間はゆったりとした草が繁る小道になっていて、小道沿いに小川が流れ、草むらには大きな甕や壷などが無造作におかれ、紫色の朝顔や名前のわからない黄色い花が咲いて、本当にのどかな自然の散歩道になっていました。
(2011.3.1記)
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神奈川県藤沢市高倉815-2
(小田急線長後駅東口徒歩7分)